斎藤 一郎 歯学博士が
斎藤 一郎 歯学博士
前・鶴見大学 歯学部 教授。同大附属病院でドライマウス外来やアンチエイジング外来を担当し2008年より病院長(4年間)。著書に『口からはじめる不老の科学』(日本評論社)など。「ガッテン!」「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などに出演し、口腔から全身の健康を守ることの大切さを広く呼びかけている。
現・株式会社クレインサイエンス 代表取締役
2020.12.03
斎藤一郎です。
これから「健康に役立つカラオケ」というテーマでお話しをさせていただきます。
歌を歌うという行為は口の役割にもなるわけです。この口の機能は、人生の最後までもっとも維持したいものでもあります。その機能とは、「食べる」、「話す」、「笑う」、「歌う」、「味わう」、「飲み込む」、「噛み砕く」、と日頃あまり意識していないものです。しかし、これがもし失われると、「食べれない」、「話せない」、「笑えない」、「歌えない」、「味わえない」、「飲み込めない」、「噛み砕けない」、と様々な機能が低下して、砂を噛むような人生を過ごすことになってしまいます。
普段あまり意識していない口の役割ですが、消化器として食べ物を口の中に入れて、噛み砕いて身体の栄養にする役割がひとつ。そして、感覚器としての働き、つまり「これが美味しかった」とか「これはちょっと美味しくない」ということや、身体にとって不利益なものか否かを鑑別する働きもあります。この機能が衰えてくると、身体の役に立たないものを口に入れたりすることになりかねません。また、表情を作るという上で、笑顔をはじめ喜怒哀楽を表現する意味での口の役割も最近注目されています。

口腔機能の重要性

まず「人は口から老いる」というお話しをさせていただきます。 「オーラルフレイル」という言葉が、いろんなところで、よく使われています。「フレイル」の意味は、老化や加齢によって衰える、つまり身体の機能低下です。最近の研究で、このフレイルが口から始まる、と言うことが分かってきました。
つまり「オーラルフレイル」、口の機能低下というのは、滑舌が悪くなったり、上手く話そうと思っても呂律が回らないことなども症状として挙げられます。また、食事をとる時に食べこぼしてしまうようなことも同様です。年齢とともに噛めない食品が増えた。「柔らかくて美味しい」といって召し上がるものが多くなり、噛み応えあるものを避けてしまう。そう言う方がよくいらっしゃいますが、これも「フレイル」です。全身の機能低下と言って良いかもしれません。こういう状態をそのままにしていると、どんどん虚弱状態が進行して、要介護になる確率が非常に高まってしまいます。今の時代、こうした「フレイル」への対策が求められています。ご存じにように超高齢化社会ですから、高齢者になっても美味しく食事ができて、会話が楽しめ、生活の質を上げるための色々な対策が、各方面で考えられているところです。
具体的には「口の老化のサイン」。鏡を見ない方はいらっしゃらないと思いますが、口の機能低下を示す老化のサインを具体的に挙げると、まず「上唇の縦しわが増えてくる」、「唇の厚さが薄くなる」というものものです。筋力の低下、口の周りにある筋肉の筋力低下が原因によるものです。若い時はたっぷり厚い唇だったのが、だんだん年を重ねると薄くなってしまう。これも老化のサインのひとつです。また、「フェイスラインのたるみ」このたるみと言うのは、筋力が低下することで、重力に抗えずに「どんどん顔はたるんでいく」ということも、老化のサインのひとつです。
筋肉は使っていないとどんどん萎えます。その他にも紫外線や重力や乾燥、そして噛み癖。こういうもので顔の皺やたるみができるわけです。着目したいのは筋肉です。筋力をいかに維持するか、筋力はいくら年を重ねても鍛える事によってつくと言われています。筋力をつければ、皺やたるみは改善されるわけです。
高齢者になって歯がなくなると、10年後の記憶力、また学習能力といった身体的機能が低下すると言われています。歯がこんなにたくさんあるから、1本ぐらい抜けても大丈夫だと思ってる方がいらっしゃるかもしれませんが、歯が1本抜けて入れ歯にすると、親からもらった天然の歯の1割ぐらいしかカバーできません。ですから今持っているご自身の歯を永く維持することは、記憶や学習能力を維持して身体の機能を落とさないためには、とても重要なことになります。
歯と共にとても大事なことは、歯を支えている周りの歯周組織。ここが病気になるのを歯周病と言います。歯槽膿漏と呼ばれていたものですが、全身の病気に関連があるというふうに今は言われています。例えば糖尿病と歯周病は、まったく関係ないと思われていましたが、歯周病のひどい人は糖尿病が悪化する可能性が高いと今は言われています。「循環障害」「骨粗鬆症」「妊娠異常」「呼吸器感染」といったような、色々な全身疾患と歯周病との関連というのが今の医学、科学で解析されて分かってきました。「口腔機能」、口の機能が低下すると全身的に健康を損なうということが、今の医学、科学で分かってきたわけです。
口の機能は具体的に何があるかと言うと、まずは「咀嚼」。食べ物を噛む、細かくする、飲み込む、一連の行為を咀嚼といいます。次には「嚥下」。ゴクンと飲み込むことを嚥下と言います。こういう機能が低下すると「誤嚥性肺炎」、つまり肺炎になってしまう。75歳までの死因の第1位は癌ですが、75歳を過ぎると肺炎で亡くなる方が1位になってしまいます。つまり咀嚼や嚥下の機能が低下することで、誤嚥性肺炎のリスクが高まるということです。その他には「構音」。音を作る。ちゃんと滑舌よく発音するという行為ですね。他人とコミュニケーションをとったり、歌を歌ったりするにはとても重要です。話しをしたり歌を歌ったりすることは、認知症の予防にもなると言われています。口の機能改善には「唾液」がとても重要です。潤滑油としての唾液、口が乾いていては上手く会話できません。改善するには、潤滑油として唾液が十分に出るということが重要です。唾液が十分に出ていれば口の中がキレイになる。唾液には色々な抗菌物質が含まれており、身体の健康を維持するために唾液はしっかり出すことが、とても重要です。あとは「味覚」。感覚器の低下というのもありますが、こういうことを理解して口の機能を高めることが、超高齢化社会に問われています。

カラオケの効果

これまで、口の機能を高めるトレーニングや向上法など色々な手法がたくさんありました。私が今、取り組んでいる一番効率のいい方法、それが「歌」です。「カラオケを一人で歌う」、「みなで一緒に歌う」ことで、口の機能を高めて全身の健康に役立てようと言うものです。歌の効用は昔から言われていたわけですが、これを私共は実験してみました。

①唾液分泌量

日常的な歌唱、つまりカラオケですね。このカラオケで、唾液量や口の機能、そして今コロナでとかく話題の免疫力がどう変化するかの実験です。免疫力が高まればコロナを防ぐこともできるということで、カラオケが免疫力を高め体や心にどのような影響を与えることができるのだろうかということを検討しました。
カラオケを週4回、8週間継続していただいた方の唾液の分泌量とストレスの改善効果、そして免疫力を実験では評価しました。スライド①(唾液分泌量)は、解析結果のひとつです。唾液量を「歌う前」と「歌う後」で比べてみると、「歌った後」は、明らかに統計学的に有意に唾液の量が増えていることが分かりました。つまり、歌を歌うことで唾液の分泌量が促進されるわけです。歌うと、口のまわりに沢山ある唾液をつくる口腔の唾液腺が、筋肉に裏打ちされています。つまり歌うことで筋力を使い、唾液の分泌量が促進されたということになるわけです。
スライド①(唾液分泌量)

②嚥下機能

次に嚥下機能ですが、歌を歌うことによって食べ物をとらえてゴクンと飲み込む機能にどのように影響するか。スライド②(嚥下機能)は、歌唱がどういうふうに影響を与えるかということを解析した結果です。これは歌を歌う前から、比較をしていくと、4週後、8週後では飲み込む能力というのは、どんどん高まってきました。プラスその咬合力、噛み砕く力ですね、これも歌う事によって、たぶん口のまわりの筋力がついて、それで噛む力が増したということになるわけです。食べ物を細かく噛み砕くことによって消化が促進されて、それが身体の栄養になっていくわけですから、この飲み込む能力や噛み砕く能力が増強される歌の効果は大変素晴らしいという結果が得られたわけです。
スライド②(嚥下機能)

③免疫力

免疫力ですが、スライド③(免疫力)です。歌唱により免疫力スコアが強化されています。ウイルスとか色んな細菌とか身体に不利益なものが入ってきても、これを跳ね返す力、生体防御能力とも言いますが、こういうものが身体の中にちゃんと備わっていると健康が維持できるわけです。歌を歌うことで、こういう免疫力も上がるという結果が得られました。
スライド③(免疫力)

④「歌う」の体と心に与える影響

スライド④(「歌う」の体と心に与える影響)は、歌にはストレスを改善する効果もある結果です。今コロナ禍でご自宅にいらっしゃる方がストレスだというようなことをニュースで報じられてます。コルチゾールというストレスマーカー、ストレス物質を見てみますと、歌ったあとにはこのストレスが改善されるということが分かってきましたし、これが「楽しい」とか「スッキリする」とか「リラックスする」とか、これは先日、NHKの「チコちゃんに叱られる」でも話しましたが、歌っていると「とても楽しい気持ちになる」ということが、こういう研究から分かってきたわけです。
これは、カラオケの好きな方だけを対象にしたから、こういう良い結果になったのだろうと言うようなご批判がありそうですが、そういう批判に対応するために、カラオケをあまり好きではないという方にも歌っていただいています。そうすると好きな方と同じように、カラオケがあんまり得意でなくても、歌うことで歌唱後にはストレス物質も減って、同じように楽しいという感情が、スッキリしたとかリラックスしたとかという前向きなこういう精神状態というのが促進したという結果になりました。
スライド④(「歌う」の体と心に与える影響)
つまり歌唱、カラオケによる効果で唾液量が増えて、ストレスも改善されて免疫力も向上したということで、古来我々の生活の中に歌が途切れた事はないわけですが、今回私共は、これを医学的、科学的に検証し、歌唱つまりカラオケの効果が確認されたということで、ここに書いてある論文を投稿したわけです。
こういうようにカラオケの効果というものを是非、皆さん活用して、今非常に厳しい社会状況になって参りましたが、是非健康を維持されて、快適に健やかにお過ごしいただければと思います。ありがとうございました。
監修 斎藤 一郎
撮影協力/鶴見大学 歯学部
作成・公開/2020年12月04日